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名古屋地方裁判所 昭和42年(行ウ)11号 判決 1971年12月24日

原告

渡久地政司

代理人

佐藤一平

外五名

被告

佐藤保

代理人

鈴木匿

外四名

主文

被告は豊田市に対し金二万五、七五五円および昭和四二年四月二日以降右金員の完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

「被告は豊田市に対し金一七万五、九八五円および本訴状送達の翌日以降右金員の完済に至るまで年五分の調合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決と仮執行の宣言。

(被告)

本案前の申立として、主位的に「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の、予備的に「本件訴のうち別表一記載番号1ないし5、20ないし30の各事項については訴を却下する」旨の各判決。

本案に対する申立として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決。

第二、当事者の主張

(原告の請求原因)

一、原告は豊田市の住民であり、被告は豊田市長の職にある。

二、被告は、豊田市長として、昭和四〇年度豊田市一般会計予算歳出科目食糧費(但し一部市長交際費)に基づいて、別表一記載の各支出負担行為に基づく支出命命令をなし、これにより、合計金一七万五、九八五円の支払をなさしめた。

三、しかしながら、右公金の支出(以下「本件公金の支出」という。)は、別表一記載のとおり、公務のために豊田市に出張した国家公務員に対し提供された遊興飲食費にあてられたものであり、次の理由により違法である。

(一) 本件公益の支出は地方自治法第二三二条第一項に違反する。

そもそも、本件のごとき饗応の行なわれる政治的原因としては次の三つが考えられる。(1)国と地方公共団体との機構に権限における上下関係がありかつ関係が複雑なために、地方公共団体は国に対して弱い立場にあり、地方公共団体の公務員は、国家公務員の協力がなければその職務を円滑に遂行できないので、国家公務員の機嫌をとるために接待する。(2)国と地方公共団体との関係において、特にその運用上問題を生じているのが補助金行政であり、特に奨励的補助金は、国からみれば地方公共団体への恩恵であり、地方公共団体にとつては只金であるため、必然的に地方公共団体相互の競争を引き起こしている。従つて、補助金は、国が地方公共団体を支配する強力な道具となるとともに、陳情政治、宴会政治の温床ともなり、本件のような饗応が日常化されることになる。(3)公務員が官職を私有視するという前近代的な体質を持つているために、公務の執行にあたつても私人間の接待の観念がそのまま持ち込まれ、公費を使つての接待が行われる。

そして、本件公金の支出のうち、別表一番号(以下「番号」という。)3 13 16ないし30の各支出は、本来国が直轄で行なうべき仕事の場合になされた饗応にあてられており、特に右饗応原因(3)に深く関連し、その余の各支出は、すべて広義の補助金と関連した支出目的を有し、右饗応原因(1)(2)に基づいて起つているのである。

このように、本件公金の支出は、地方公共団体の国(県)の公務員に対する饗応が一般的に行われているその一端を示すものであるが、これをもつて単なる儀礼の範囲の問題とみることはできない。蓋し、地方公共団体が自然人と同様に社会生活を営む面を有していることは否定できないが、自然人がその所有物を濫費する自由を有しているのに対して、地方公共団体は国民の公租公課によつて営まれているから自然人と同様に考えられてはならないのであり、本件の場合のように、日常的に特定の職務を行なうために所定の旅費、日当、宿泊費等の支給をうけて豊田市に出張する公務員に対して、公租公課により酒食を提供して接待しなければならないと考える余地はなく、また、かかる饗応は単なる儀礼を越えた特別の意味があるものと解され、このことが、全体の奉仕者として公務員に要求される公正らしさを失わせることにもなるからである。

従つて、本件公金の支出は、裁量権を問題とするまでもなく、また、その額の多寡を問わず、不必要にしてかつ有害、何らの合理性を有しないものであり、地方自治法第二三二条第一項により普通地方公共団体が支弁することを認められた経費のいずれにも該当しない費用のためになされたものであるから、違法である。

(二) 本件公金の支出は地方自治法第二三二条の三に違反する。

予算の歳出科目である「食糧費」は、行政事務執行上直接に必要な場合すなわち職務の一環として考えられる場合に必要最少限の食糧のために使用されるべきものであり、監査、検査、その他事務打合のため豊田市を訪れる国家公務員の機嫌をとつたり、同市における監査や視察に使用する時間を減らすために国家公務員をもてなし、同時に同市の公務員がそのもてなしを口実にして飲食するために認められている科目ではない。監査や検査は特に厳正に行なわれなければならず、監査する国家公務員が監査される豊田市の招待で酒宴に出席することは、その監査等が事情に流れる虞れを生じ、ひいては国および地方の政治の堕落につながるきわめて危険な行為といわなければならず、かかる有害無益な饗応をなすことはいかなる法令も認めておらず、予算を議決した豊田市議会もまつたく予想していないところである。前叙の如く、豊田市に出張する国家公務員は所定の旅費、日当、宿泊費等の支給をうけているのであり、豊田市がその昼食代、夕食代等を負担しなければならない根拠はまつたくない。

従つて、本件公金の支出は、地方自治法第二三二条の三に違反して法令または予算に従わない支出負担行為に基づいてなされたものであるから、違法である。

(三) 仮に、本件公金の支出が豊田市が支弁すべき経費のために予算に基づいてなされたものであるとしても、右支出は、いかなる目的をもつて、あるいはいかなる効果を期待して行われたものか不明という外はなく、地方自治法第二条第一二項および地方財政法第四条第一項に反する浪費であるから、違法である。

四、ところで、国家公務員に対する酒食の提供が許されないという指導は、本件公金の支出以前から声を大にして叫ばれていたことであり、被告は、かかる支出が許されないことを知つていたのであり、仮に知らなかつたとすれば、地方政治を担当するものとして重大な過失がある。

五、よつて、被告は、故意または重大な過失により、法令の認定に違反して本件の支出命令をなし、これにより、豊田市に対して本件公金の支出額相当の損害を与えたものというべく、従つて、豊田市は、被告に対して、地方自治法第二四三条の二第一項後段により、右同額の損害賠償請求権を有する。

六、そこで、原告は、昭和四一年一二月二三日、豊田市監査委員に対し、本件公金の支出についての住民監査請求をしたところ、同監査委員は、昭和四二年二月一八日付をもつて、原告に対し、「違法、不当の支出とは思われないので、関係者あて勧告は行なわない」旨の監査結果を通知した。

七、しかしながら、原告は、右監査結果に不服であるので、地方自治法第二四二条の二の規定により、豊田市に代位して、被告に対し、前記金一七万五九八五円および本訴状送達の翌日以降右金員の完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を豊田市に支払うべきことを求める。

(被告の主張および答弁)

一、本案前の主張

(一) 被告適格の欠缺

本件訴訟は、地方自治法第二四二条の二第一項第四号のいわゆる住民訴訟と解されるところ、この住民訴訟において被告適格を有するものは、当該職員「個人」であり、地方公共団体の「機関」ではない。しかるに、本件訴状被告欄には「豊田市西町三丁目六〇、豊田市長佐藤保」と記載され、その住所も豊田市役所所在地であるから、これによれば、本件訴訟は、地方公共団体の「機関」としての豊田市長佐藤保を被告とするものであり、被告適格を有しないものに対する不適法な訴である。

(二) 裁量行為と裁判所の審査権

本件公金の支出は市長の自由裁量行為であり、仮に、有害性反合理性があるからといつて、これを直ちに違法と解することはできないのであるから、その当否を問題とする本件訴はそれ自体法律上の争訟に該当しない。

また、住民訴訟の対象となるのは、違法な行為のみであり、不当な公金の支出はその対象とならない。

(三) 請求期間徒過

住民訴訟は、「当該行為のあつた日又は終つた日」から一年以内に監査請求をした場合にかぎり提起し得るところ(地方自治法第二四二条第一、二項、第二四二条の二第一項)、本件公金の支出につき、原告が監査請求をしたのは昭和四一年一二月二三日であり、また、番号1ないし5、20ないし30の各事項につき、支出負担行為のなされた日、支出命令の発せられた日および収入役が債権者に支払をした日は別表三記載のとおりである。

ところで、本件においては、右「当該行為のあつた日又は終つた日」とは、支出負担行為のなされた日を指すものと解すべきであり、そうすると、右各事項については、支出負担行為のなされた日から一年以内に監査請求がなされなかつたのであるから、請求期間を徒過したものとして、訴の対象とならない。

二、請求原因に対する答弁および主張

(一) 請求原因第一項の事実は認める。

(二) 同第二項については、昭和四〇年度豊田市一般会計予算において原告主張の科目に基づいて別表一記載のとおりの公金の支出があつたことは認める。

しかし、豊田市においては、本件支出当時、他方自治法第一五三条第一項に基づき「豊田市処務規程」を公布し、市長の予算執行における支出命令の権限を、食糧費の場合、金額五、〇〇〇円までは総務部長の、一万円までは助役の各決裁によつて行なつており、すなわち、市長の右権限の一部について、その補助職員に各代理権を授与しその権限を委任していたのである。ところで、かかる権限の委任があつた場合には、委任を受けた職員は受任の範囲においてその権限を自己の名と責任において行使するものであるから、実質的権限を有する受任専決者が地方自治法第二四二条第一項および第二四二条の二に指す「職員」と解すべきである。従つて、被告が支出命令をなしたのは番号5ないし7、9ないし、12、15ないし18にすぎない(なお、番号16ないし18は一〇一三〇円の内金として支出されたものである)。

(三) 同第三項については、本件公金の支出がいずれも別表一記載のとおり国家公務員が公務のために豊田市に出張した節になされたものであることを認め、その余は争う。

本件公金の支出は、地方自治法第二三二条第一項に規定する「経費」に該当し、同法施行規則第一五条の二の規定による「歳出予算に係る節の区分」のうち、一一節「需要費」細節「食糧費」の費目により支弁されたものであり、何ら違法ではない。地方公共団体といえども、自然人と同様に一般社会生活を営む面を有しており、外来者に対して社会通念内の儀礼を尽すのは当然であるから、この場合の「経費」および「食糧費」には儀礼的な接待用の茶菓、会食の経費も含まれると解すべきところ、本件公金の支出の明細は別表二記載のとおりであり、出席者一人当りの最高消費金額も金二、八七四円にとどまるのであるから、かかる支出は、いずれも社交的儀礼の範囲にあり、必要な接待費用にあてられたものである。

また、仮に、前記本案前の主張(二)が認められないとしても。もとより本件公金の支出が市長の裁量権の範囲をこえているとかその濫用があつたということはない。

(四) 同第四、第五項はいずれも争う。同第六項の事実は認める。

(被告の主張に対する原告の反論および答弁)

一、被告適格について

訴状の事件名および請求原因事実を綜合して客観的合理的に判断すれば、本件訴訟の被告は、佐藤保個人と解すべきである。訴状被告欄において、住所地を豊田市役所所在地としたのは送達を考慮してのことであり、また、豊田市長なる役職を付記したのは被告を特定し明確にするためにすぎない。しかし、右記載はまぎらわしいので、被告の表示を「豊田市宮上町七丁目二五番地、佐藤保」と訂正する。

二、請求期間徒過の主張に対して

番号1ないし5、20ないし30の各事項につき、支出負担行為のなされた日、支出命令の発せられた日、および債権者に支払のなされた日が別表三記載のとおりであることは認める。

しかし、仮に、原告の監査請求が請求期間経過後になされたものであるとしても、地方自治法第二四二条第二項但書の「正当な理由」がある。すなわち

(一) 豊田市長が、本件訴訟の対象となつている昭和四〇年度歳入歳出予算の決算の認定を求める議案を同市議会に提出したのは、昭和四一年九月二六日であり、これをうけて、同市議会決算特別委員会が開催されたのは、同月二九日、同年一二月一日および同一二月一四日の三日間である。

(二) ところで、毎会計年度の歳出予算の執行に際して用いられる書類(豊田市においては、同市予算決算会計規則所定の様式による「支出金調書」)については、豊田市議会議員個人および市民がこれを閲覧することは、市長によつて認められていない。

また、本件の如き饗応のために支出される交際費、食糧費の支出内容については、議員が議会で質問しても市の理事者は答弁しないのであり、わずかに、議会の決算特別委員会に属する議員のみがその支出内容を知り得るにすぎない。そして、本件公金の支出も、前記決算特別委員会の決算精査において、たまたま決算特別委員であつた原告が発見したものである。

(三) そこで、原告は、市議会議員として昭和四一年一二月の定例議会において、前記決算の認定を求める議案の否決を求める意見を述べたが、同議会が同月二二日右議案を認定したので、翌二三日に前記調査請求をしたのである。

(四) 以上のとおり、歳出予算の執行書類を議員個人および市民が閲覧することは不可能であり、しかも、当該行為がきわめて秘密裡に行われたこと、市議会議員である原告が、本件支出の違法性についてまず議会の認定の点で問題にし、法の適正な運用をはかろうとしたのは当然の行為であること、本件監査請求が議会の認定の翌日になされたことを綜合すれば、原告には地方自治法第二四二条第二項但書の「正当な理由」がある。

三、支出命令に関する権限委任の主張に対して

豊田市において、本件公金の支出当時「豊田市処務規定」を公布し、市長の予算執行における支出命令の権限を、食糧費の場合、金額五、〇〇〇円までは総務部長の、一万円までは助役の各決裁によつて行なつていたことは認める。

しかしながら、代理人の行為の効果は直接本人に及ぶのであるから、市長は、助役、総務部長等の補助職員に支出命令権限を委任しているとしても、その補助職員の行為に対して責任がないとはいえない。

四、別表三については、人員関係を除いてその余は認める。

(原告の反論に対する被告の反駁)

請求期間徒過に関する正当理由の存在は争う。但し、被告の主張に対する原告の反論および答弁第二項のうち(一)、(三)の各事実および歳出予算の執行に原告主張の支出金調書が用いられていることはいずれも認める。

地方自治法第二〇八条、第二三三条、第二三五条の五の各規定に照らせば、同法は、決算書類が議員や市民に触れることが遅れることを当然に予定しているのに、同法第二四二条第二項は、「当該行為のあつた日又は終つた日から一年」と規定しており、「決算後一年以内」とは規定していないから、決算書類の提出が遅れて知ることができなかつたということは、同条項但書にいう正当な理由にあたらない。

また、公文書類の保管は、地方自治法第一四九条第八号により、市長の担任事務に属し、特定の者のためにするものについては、同法第二二七条に手数料を徴収することが定められている。そして、市長が職務上保管する公文書については、市民は随意に閲覧する権利はなく、その閲覧の拒否は公法上市長の権限に属する。

第三、証拠<略>

理由

一、被告の何人たるかについて

訴の当事者が何人であるかは、訴状の内容を客観的に観察して確定すべきである。なるほど、本件訴状被告欄には「豊田市西町三丁目六〇、豊田市長佐藤保」と記載され、しかも、右住所が豊田市役所所在地であることは原告の自認するところであるが、我々の日常生活においては、「機関」とその機関を構成する「自然人」とを必ずしも厳格に区別して呼称していないのであるから、右記載から直ちに、本件訴の被告が「普通地方公共団体の機関としての豊田市長佐藤保」であると速断することはできないのであり、さらに、訴状の全趣旨に徴して何人に対して訴が提起されているかを判断しなければならない。

ところで、本件訴状には、事件名として「地方公共団体の長の違法不当な公金の支出に対し地方公共団体に代位して行なう損害賠償請求事件」と記載され、さらに、請求の原因として記載されているところの要旨は、「被告は昭和四〇年度豊田市一般会計において別表記載の公金の支出をなしたが、右公金の支出は、被告が公務のために豊田市に出張した国家公務員に対し提供した遊興飲食費のために支出されたものであり、その支出目的は明らかに違法不当である。そこで、原告は地方自治法第二四二条による住民監査請求をしたところ、同市監査委員は違法不当の支出ではない旨を通知してきたので、これを不服として同法第二四二条の二に基づき本訴を提起する」というのである。そして、これによれば、本訴は、地方自治法第二四二条の二第一項第四号に基づく普通地方公共団体に代位して行なう当該議員に対する損害賠償の請求訴訟であることが明ららかであり、

また、右規定に照らせば、この損害賠償請求訴訟は、当該職員が普通地方公共団体に対し実体法上損害賠償の責任を負う場合に、その職員たる個人を被告として、当該団体に対する損害の賠償を求める訴であることもまた明めかである。

してみれば、訴状被告欄の「豊田市長佐藤保」なる記載は、これを豊田市長という普通地方公共団体の機関を構成するところの「自然人としての佐藤保個人」として理解することができるのであり、従つてまた、被告表示中の住所は便宜的な記載として、また「豊田市長」という肩書は本来不必要な記載として、それぞれ理解することができるのである。

これを要するに、本件訴状の記載内容を全体として客観的合理的に判断するときは、本件訴は、豊田市の機関である豊田市長佐藤保ではなく、個人としての佐藤保を被告として提起されたものと解すべきであり、従つて、被告表示中、住所地を佐藤保の自宅所在地に変更し、また「豊田市長」という肩書を削除することは、当事者の同一性を害しない範囲における当事者の表示の訂正にすぎないから許されるべきところである。

二、裁量行為と裁判所の審査権について

食糧費および交際費に基づいてなす支出は、その費目の性質からみて(なお、地方自治法施行規則第一五条の二の規定による「歳出予算に係る節の区分」第一〇節「交際費」および第一一節「需要費」のうちの細節「食糧費」の説明欄には何ら記載がない)、裁量行為と解するのが相当である。しかし、裁量行為であつても、地方公共団体の存立目的に照らして社会通念上著しく妥当性を欠くものであつてはならないのであり、その支出も必要最少限度を超えてはならない(地方財政法第四条第一項)のであるから、右裁量権にも自ら限界があり、裁量権の踰越、濫用があれば、地方自治法第二四二条の二第一項の違法な行為にあたるものというべきであるから、これが裁判権の対象となり得ることは明らかである。そして、原告は、本件公金の支出が違法であるというのであり、右支出が自由裁量権の範囲内にあるとしてその当、不当の判断を求めているものではないから、この点の被告の主張は失当である。

三、請求期間徒過の主張について

地方自治法第二四二条第二項は、同条第一項のいわゆる住民監査請求は「当該該行為のあつた日又は終つた日から一年を経過したときは、これをすることができない」と規定しており、ここに「当該行為」とは、同条第一項に規定する四種類の行為すなわち「不当若しくは違法な(1)公金の支出、(2)財産の取得、管理若しくは処分、(3)契約の締結若しくは履行若しくは(4)債務その他の義務の負担」を指すところ、本件において問題となつているのは、このうちの「公金の支出」の違法性であり、そして、ここに「支出」とは、地方公共団体が歳出予算を執行することであり、それは、債権者のために支払がなされることによつて完了するのであるから、前記「当該行為の終つた日」とは、債権者のために現実に支払のなされた日を指すものと解するのが相当である。

そして、番号1ないし5、20ないし30の各事項につき、債権者のために支払のなされた日が別表三記載のとおりであることおよび原告が監査請求をしたのが昭和四一年一二月二三日であることは当事者間に争いがない。

これによれば、番号1ないし4、20、25ないし30の各事項は、債権者に支払のなされた日から一年以内に監査請求がなされなかつたのであるから、地方自治法第二四二条第二項の請求期間を経過したものといわなければならないところ、右各事項は、いずれも後記四のとおり金額一万円以下であり、被告の支出命令に関する権限委任の主張に含まれている事項であるから、右請求期間を経過したことについて「正当な理由」の有無の判断は暫く置き、次に右権限委任の主張について判断する。

四、支出命令に関する権限委任について

(一)  昭和四〇年度豊田市一般会計において、原告主張の科目に基づいて別表一記載のとおりの公金の支出があつたこと、歳出予算の執行に原告主張の支出金調書が用いられていること、豊田市において本件公金の支出当時「豊田市処務規定」を公布し、市長の予算執行における支出命令の権限を、食糧費の場合、金額五、〇〇〇円までは総務部長の、一万円までは助役の各決裁によつて行なつていたことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば次の事実が認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。すなわち、

(1)  豊田市においては、本件支出当時「豊田市処務規程」が公布せられており、その内容は次のとおりである。

第一章 総則

第一条(目的) 本庁事務の処理および職員の服務は、法令その他に定めのあるものを除いては、この規程の定めるところによる。

第三条(事件処理) この規程の定めるところによつて、処理することがむずかしい事件が生じたときは市長の指示を受けて処理しなければならない。

第二章 職務権限、専決、代決

第四条(目的) 本章は、別に定めるものを除くほか、市長の権限に属する事務の代決、その他事務処理について必要な事項を定め、決裁責任の所在を明確にし、行政の能率的な運営をはかることを目的とする。

第五条(用語の意義) この規則において、つぎに掲げる用語の意義は当該各号の定めるところによる。

一  決裁 市長、市長の権限の受託者および専決権限を有する者等(以下「決裁責任者」という。)が、その権限に属する事務の処理につき、最終的に意思決定を行なうことをいう。

二  代決 決裁責任者が不在のとき、あらかじめ認められた範囲内で一時当該決裁責任者に代つて決議することをいう。

三  専決 あめかじめ認められた範囲内で市長の責任において、常時市長に代つて、決裁することをいう。

第一〇条(助役の専決事項) 助役の専決事項は次のとおりとする。

一  別表第一に定める助役の決裁区分に属する事項に関すること。

第一一条(部長および課長の専決事項)部長および課長の専決事項は、別表第一に定める裁決区分に属する事項とする。

別表第一 支出命令

食糧費等は五、〇〇〇円までは総務部長、一万円までは助役、一万円を越えるものは市長の決裁を要する。

(2) そして、助役或いは総務部長は、右規程に基づき、食糧費に関する支出命令権限につき、右各金額の範囲において、最終的に意思決定を行い、支出金調書の「本件の支払を命ずる、市長」と記載された市長の押印欄に自己の名を刻した専決印を押捺して、右調書を出納機関に送付しており、市長は、右各金額の範囲においては、支出命令権限の行使につき実質的には何ら関与していなかつたものである。

(二)  右事実によれば、豊田市長は、食糧費に関する支出命令権限の一部につき、その意思決定権を補助職員たる助役或いは総務部長(以下「受任専決者」ともいう。)に内部的に委譲(以下「内部委任」という。)していたものということができる。

ところで、一般にかかる権限の内部委任があつた場合、対外的関係においては、当該権限は普通地方公共団体の長の名を表示して行使されるから、決定権者(表示名義者)たる長が責任を負うべきことは勿論であるが(対外的責任、前記規程第五条第三号に「市長の責任において」とあるのはこの意味に解される。もつとも、本件で問題となつている支出命令は出納機関を名宛人とするものであり、現金の出納は地方自治法第一七〇条により出納長および収入役の権限とされているから、支出命令権限の行使により直接に対外的効果を生ずるものではない)、普通地方公共団体内部に対する関係においては、専決規定の存するにもかかわらずなお市長が当該権限の行使に何らか関与した等の特段の事情がない限り、委任の理論を類推して、当該処理事項については、実質的に権限を行使した受任専決者が責に任ずべきであり、長は直接の責任を負わないものと解するのが相当である(対内的責任、前記規程第四条に「決裁責任」とあるのはこの意味に解される。但し、この場合においても、長は権限を内部委任したことそれ自体について責任を負うことあるは別問題である)。

(三)  そして、地方自治法第二四三条の二第一項後段は、予算執行職員の普通地方公共団体に対する損害賠償責任を規定したものであり、また、同法第二四二条の二第一項第四号に規定する損害補填の請求は、普通地方公共団体の有する職員個人に対する損害賠償請求権を住民が訴訟上代位行使するものであるから、右損害補填を求める住民訴訟は、すぐれて普通地方公共団体の内部関係に属する事柄を対象とするものである。

(五) そうであれば、番号1ないし4、8、13、14、19ないし30の各事項については、いずれも金額一万円以下であり、被告は、豊田市長として支出命令権限を有するものの、実質的に右権限行使に何ら関与しなかつたのであるから、受任専決者である助役或いは総務部長が、地方自治法第二四三条の二第一項後段にいう「その権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したもの」として、損害補填の義務を負うべきであり、被告は右損害補填の義務を負わないものと解するのが相当であるから、既にこの点において請求は理由がない。

五、そこで、以下においては、番号5ないし7、9ないし12、15ないし18の各支出について、被告の豊田市に対する損害補填義務の有無について考察する。

(一)  本件公金の支出がいずれも別表一記載のとおり国家公務員が公務のために豊田市に出張した節になされたものであること、その支出内容が人員関係の点を除き別表二記載のとおりであること、被告が豊田市長として番号5ないし7、9ないし12、15ないし18の各支出につき支出命令を発したことおよび請求原因第六項の事実はいずれも当事者間に争いがない。そして、<証拠>を綜合すれば、右各番号にかかる事項につきいずれも出席人数が別表二記載のとおりであることが認めれる。

(二)  ところで、中央官庁等の職員の地方出張に際しては、所定の旅費、日当、宿泊費等の支給があるものとみるのが当然であり、このことは証人加藤隆の証言からも窺えるところであり、特段の事情の認められない本件においても所定の手当の支給があつたものと認められる。また、証人山口利男の証言によれば、憲法が地方自治、特に団体自治を保障し、これをうけて、地方自治法が国の普通地方公共団体に対する行政的関与はいわゆる非権力的な関与を原則とすることを定め(同法第二四五条ないし第二五二条)、地方財政法が国の地方財政の自主的且つ健全な運営を助長する義務を課している(同法第二条第二項)にも拘らず、普通地方公共団体は、権限における上下関係、機関委任事務ないしは国庫補助事業の増加或いは中央への財政依存等から、国の強い影響力の下に置かれ、中央行政庁の反感を買つては円滑な自治体運営に支障を来しかねない現状にあること(このことは市町村の都道府県に対する関係においても大略妥当するものと考えられる)、本件支出に関連した公務のうち、国の直轄事業に属すると認められる番号16ないし18の賦課資料調査ないしは贈与税申告指導は別として、番号の9および10 10の監査はいわゆる依存財源である地方交付税に関する監査であり、番号5ないし7、11、12、15の各調査、検査、監査等は同じく依存財源である補助金の交付或いは政府関係資金の融資を前提とするものであること、右番号5ないし7、9ないし12、15の各調査、検査、監査等は前記非権力的な関与に属するが、その結果は、実際問題として、次年度以降に対する自治体の運営に影響を及ぼす可能性を有していることが各認められる。<証拠>は採用せず、他に右各認定に反する証拠はない。そうであれば、この点において、本件の如き接待が他の場合と同視し得ない一面を有していることは否定し得ないところである。

(三)  しかしながら、地方公共団体も一個の社会的実在として外来者に対して社会通念上相当と認められる範囲の接待をなすことは許されるところであり、また、いかなる接待をなすか、食糧費および交際費に基づいていかなる支出をなすかは権限を有する職員の自由裁量に委ねられているのであるから、個別的、具体的事情を抜きにして、右事実から直ちに本件の如き接待を違法であると速断することは出来ない。

そこで、番号5ないし7、11、12、15ないし18の各事項につき、その人員、金額、内容(特に、番号5ないし7、11、12、については本件全証拠によるもその支出内容を明らかにし得ない)等を総合してみると、その当否についての問題は残るが、未だ、著しく儀礼の範囲を逸脱し、裁量権の踰越ないしは濫用があつたものとみることはできない(なお、不当な行為については、地方自治法第二四二条の二第一項によると住民訴訟の対象の範囲には含まれていないから、住民監査請求或いは議会の決算認定等自治体の内部的監査、自己抑止の妥当な発動に期待すべきものである)。仮に、右接待が裁量権の範囲を逸脱した違法な支出であるとしても、<証拠>を綜合すれば、中央官庁職員の地方出張に際しての接待は半ば慣行化していること、その自粛自戒を促す自治事務次官による通知がなされたのは本件公益の支出以後である昭和四三年二月であることが各認められ、そして、右事実に前記(二)の如く、地方自治体が国の強い影響下におかれ中央官庁の反感を買つては円滑な自治体運営に支障を来す現状にあること、従つてその責任の一半はかかる接待を受けて怪しまぬ国家公務員にあると認められること、本件支出の内容、金額等を彼此綜合すれば、右公金の支出につき、被告に支出命令権限を有する市長として職務上要求される注意義務に著しく欠けるところがあつたものとはいえない。

(四) しかし、番号9および10の事項については、<証拠>によれば、右各事項は同一機会における接待であり、料理飲食料等一万七四六一円のほか、芸妓二人が同席しその花代として三、〇八〇円が支払われており、また、自治省および県の公務員に対する当夜の宿泊費三、七五三円(宿泊料のほか奉仕料、料理飲食等消費税を含む)も豊田市の公費で支弁されていることが認められ、<証拠>は採用せず、他にこれを左右するに足る証拠はない。してみれば、かかる接待は、その態様において儀礼上許された範囲を逸脱したものといわざるを得ず、従つてまた、右公金の支出も違法というべきである。なお、仮に、<証拠>にあるように、豊田市においては女中の数が少ないためにその代りとして芸妓が同席したものであるとしても、右結論に消長を来たすものではない。そして、特段の事情の認められない本件にあつては、被告は、請求明細書を一見すれば容易に右事実を発見し得たのに、不注意にもこれを看過し或いはかかる支出が許されるものとしてこれを黙過して、その支出命令を発したものと考えるほかなく、この点において職務上要求される注意義務に著しく欠けたものといわざるを得ない。そして、右各番号にかかる金員は既に支出されているのであるから、その個々の支出内訳にとらわれるまでもなく、同一機会の支出という点において一体として、豊田市は右支出金相当額の損害を蒙り、被告は、その賠償として、豊田市に対し金二万五、七五五円を支払うべき義務がある。

六、結論

以上の次第であるから、被告は、右金二万五、七五五円および本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年四月二日以降右金員の完済に到るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求は右認定の限度で正当であるから認容し、その余の部分は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立についてはその必要がないものと認め、これを却下する。

(越川純吉 丸尾武良 三宅俊一郎)

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